2007/05/23 20:31:59│先祖供養について
まず、短冊、厚紙(白地のもの)でも良いから
” ○ ○ 家先祖代々の霊位 ” と縦書きします。
○は、あなたの今現在、使用している苗字を使用します。
離婚などで複雑な状況は有るかと思いますが、使用している
苗字です。字は黒色で、筆ペンでも良いです。
字は御自分で書きましょう。 下手でも構いません。
短冊は、100円もしないでしょう。 短冊を立てるには、
挟んで立てる道具が必須です。これが無ければ、先祖供養は
厳禁です。その安定性が先祖霊に大切なのです。
短冊に対して、出きれば午前中が良いですが、出掛ける為に
消化を確認出来ない時は夜でも良いです。
線香を2本 捧げます。 これは、父方 母方 への意味
が有ります。 そして、
”ご先祖の皆々様がた 生かして頂いてありがとうございます”
のみを、心中か発声で繰り返します。
このような行為を始めますと、成仏できずに線香さえも捧げら
れた事が無い先祖霊が寄る為に、心が何故か辛く成ることが
有ります。これは誰にでもあるのです。 私にも、沢山ありま
した。 無理も無いです、少し遡るだけで膨大な先祖数になり
ますから。色んな方が居られます。段々と、慣れてくれば
線香を3本に増やし、2本の後に、1本捧げ
”その他「有縁の」 もろもろの霊の方々 生かして頂いてありがとう
ございます”
と繰り返します。 これで御自身に係る縁ある諸霊(しょれい)を
感謝供養致します。 無縁霊は、言霊の指定により寄ることが
できません。
家に最後に「霊位」文字のある位牌のある仏壇が有るかたは、短冊は不要です。
仏壇に対して、上記の 感謝供養 をしましょう。
線香立ては、どんぶりでも良いから、線香が立つのが良い
です。 線香残が溜まり過ぎると、高温の残留熱を持つ事
が有りますので要注意です。線香立ての下に皿をひくのが
良いでしょう。
【注意!!】
この記事は2007年時点のものです。その後に、注意点や変更点が加えられています。これから正しい先祖供養の方法を知りたい方は、まず、このブログの「先祖供養について」のカテゴリーの記事を全て読んでから、供養を始めてください。部分的に読んで安易に始めたりしないで下さい。
先祖供養についての記事一覧
(https://j-kanzeon.jp/category.php?category=%E5%85%88%E7%A5%96%E4%BE%9B%E9%A4%8A%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6&glink=clicked)
短冊と線香による先祖供養の図解
http://pori.starfree.jp/worship.htm
短冊と線香による先祖供養ダイジェスト
http://pori.starfree.jp/digest.htm
2007/05/23 19:04:19│先祖供養について
人生を生きて行く上で、運が 良い 悪い と人は言います
この理屈では割切れない事は、有ります。この運勢に大き
な影響を与えている要因に、我々と先祖霊との関係が有り
ます。人がこの世に生まれるには、現実界に生まれるべき
因縁が巡り来た時に、自己の魂と産土神の取次ぎによる
内在神との融合の後、肉体を借りる 国、家系を捜します。
この 自己の魂 と 内在神 が合体して出来た、 人 は
過去の因縁に応じた、家に生まれ出ます。
まず、この肉体を持つ 場 を借りた、家系へのリスペクト
感謝 が必要です。 たとえ、どんなダメな家系であろうと
人類発生以来、血が切れなかった悠久の時間を耐えて
来たのです。 その御蔭で肉体を持つ場を提供されたの
ですから。 同じ家系で修行された先輩の先祖への感謝
が無ければ、それは自己否定の因が生じます。
運勢は弱くなるのです。
人は、この世に生まれ出たからには、生涯 先祖への
感謝 供養 を忘れては生けません。 これを成して初め
て、人生のスタートラインに立てます。
まだ、スタートラインにすら立たず、木の葉のように揺れ
る人が多いですね。

2007/05/22 20:16:18│Weblog
質問 : 既存の宗教的象徴、たどえば観音さまとか不動明王とか
お稲荷さんとか、神社仏閣に宿る霊も、決して侮ってはならない力を持
っており、人間の力を超えた霊的存在が、この地上と、異次元の間に
あって、力を振るっていることも見過ごすわけにはいかないと思ってき
ました。
自分自身が、未来を決めてゆく 神なる存在 であると認めていくことと
神仏と呼ばれる力ある存在がおられることを、どう整合性を持って捉え
て行くべきか、わからずにいました。
今日、ブログを拝見していて、多次元がどんどんひとつになりつつある
神界、霊界、幽界が、だんだんと小さくなるという意味のことばに出会
って、大変驚きました。今まで、かなりの現世利益を人々に与えて、
それゆえに信仰もされ、崇め奉られもしてきた、さまざまの
信仰対象が、だんだんと力をなくしてゆくということなのでしょうか??
それとも、生きている人間の想念、思い念じたことが、現実化をより著
しくするということでしょうか。
多次元がひとつとなりつつあるということを、もう少し具体的に、たとえば
現世利益を施すがたたりもするお稲荷さんなど、邪を祓うとされる
不動明王など、そういう存在が今後人間に及ぼす影響がどうなって
いくのかも含めて、お教え願えないでしょうか?
このような質問を頂ました。
まず、今の地球に生きている人間は、良きにしろ悪しきに
しろ、多くの輪廻転生を経た魂が非常に多いです。これは、
永い地球と個の魂の旅路の一区切りが、現在に来ている
ことを意味します。
つい最近までは、神界と人間の間には、中間の 取次ぎ
存在 を介在するしか同調できませんでした。その 取次ぎ
存在 が崇拝されることで肥大化して、自ら神を名乗る
時代が、ここ6千年ほど続いております。 この取次ぎ代理
神は、交換条件や生贄、人間が本来 保有する 内在神
(根源神の分霊)を押し込めて、代理自身が主になる努力
をしてきました。
今、とうとう 太陽の波動を通して中間の取次ぎ存在を無く
して(既存の宗教的象徴は消えていきますし、もう多くが消
えてます)個々の魂が旅路の果てに、身についた波動が
そのまま現れる時代が来ました。 その波動に近い、逃げ
てきた他世界の物が寄ることにより、第三者が裁くのでは
無く 自業自得 により、自分と似た存在が一体化して来ま
す。 親子でも、似たもの同士は喧嘩しやすいですね。
自分と同じ性格の人間と、1つの部屋で暮して、行けるか、
行けないか。 自分の事が好きか嫌いか・・・。
元の親神と、人間個人が 1対1の関係の時代が来ます。

2007/05/21 19:54:38│Weblog
絶えず悩みや問題が順番に尽き無いように、旨く出来てます
いや、自分は社会的には順調だし無問題だと慢心すると、
暫らく後に健康問題が浮上したりするもんです。
神 から見れば、人間の一生は短く一瞬のものでしょう。
その一瞬の間に、我々が何を思い、何を成すのか・・・・。
一瞬とは、良いものです。 どんな苦しい事も続か無いと言う
ことです。良いことも、永遠には続か無いでしょう。
ただ、苦しいことは早く消化させ、良いことを持続させる秘訣
は有ります。 それは 感謝する心 を持つことです。
困難には 感謝 で向き合い、幸福には 感謝 しながら
味合う。 人間は、不幸を感じて初めて、普通だった時の
有り難さが判る、生き物です。 では、普通の状態の時から
感謝 出来ていれば・・・・・・不幸は来難いことは確かです。
生かして頂いて ありがとうございます
この、”イ” で始まり、”ス” で終わる言霊は
不幸を遠ざけ、幸福を持続させます。
2007/05/20 11:58:44│Weblog
全ての元である 根源神 へは、どのような宗教、宗派を通じ
ても突き詰めていくと、行き着きます。
インドの聖者ラーマクリシュナは、それを実践しております。
ヒンズー教やイスラム教の色々な宗派において、その宗派の
修行を一から実践しました。宗派の階位を一段ごとに上る度
に宗派の下位の神霊から順番に邂逅を体験していきました。
そして、その宗派の最高神との感応を果たします。その
最高神は、宗派ごとに違いや、特色がありました。彼の凄い
ところは、その最高神との感応の先を目指し、最高神と
完全一体を感得した先に 感じた存在 の様相は、どの宗派
のものも同じでした。ただ無言の 愛の海 が広がっていたと
彼は表現してます。
この、どの宗教でも最後に辿り着いた 愛の海 が根源神
です。
根源神を頂点とした 山 の頂上へ行く登山道は沢山あり
ます。登山道が違えば、途中で見える景色も違います。
途中の見える景色の違いで、互いに非難し合ってはいけない
し、その景色に囚われてはいけません。行き着く頂上は、
一つです。
ただ、その登山道には、回り道 も 近道 もあります。
私は、一番の近道は、色々な問題を抱えながらも、今の
状態に 感謝 する気持ちだと感じます。アタリマエになって
しまって居ていることへ、感謝想起 することで、色々な気付
きが起こり、登山を始めることになるでしょう。
2007/05/20 10:17:06│Weblog
神 のことを我々人間が把握することは出来ません。不可知な
存在です。神 を説明し始めた時点で間違いを犯してるでしょう
ただ、人間は弱いものです。判らない だけにしておくと、神 を
讃え、大事にする気持ちが続きません。私が今までの感応に
より感じてきた 神 のホンの一面を書かせて頂きます。
まず、神界の姿は 根源神 一つから分神していき、ピラミッド状
のヒエラルキーを形成する姿です。この根源神には、名前があり
ません。名前が付いた時点で、人間に感得された存在であるので
根源神ではありません。ただ、生み出す 存在 のようです。
この根源神から、エホバ アッラー 天照太御神 ・・・・・などの
エネルギー体が分神し、国や人種に感応して 現れ て行きました。
たとえば、天照太御神は根源神の分身の一つから、さらに その
天照太御神が分神して行きました。エホバ アッラー も、同様に
分神し、聖霊を生み出して、それぞれの世界を形成しております。
天照太御神の場合は、10個の神霊に分神しております。
私は、これを 天照太御神 の何段目(10段から1段まで在る)と
表現してます。ある神社では、ここは天照太御神の何段目に感応
する神社とか、私は表現します。
伊勢神宮の 伊雑宮 は、天照太御神の 十段目 の最高神格
エネルギー体が鎮まっております。
伊勢神宮 内宮 は、今のところ 八段目 です。
これらは、変化育成していくものです。 いまだに、神霊が 寄る
ように維持しているのは、素晴らしいことです。地球上では、少なく
なって来ています。
生きる人間の 祭る 行為、気持ち に神霊が感応して 寄る
からです。
今 現在 地球上の全ての宗派の 神霊 を喜ばす波動は
人間が発する
”生かして頂いて ありがとうございます”
を表現する言葉、意味のものです。

2007/05/19 22:28:17│Weblog
2007/02/10(土) 07:13:37
これからは、教祖は要りません。 みなさん1人1人が覚醒
するからです。 キリストや救世主の再来を期待してもムダ
です。
御自分以外の方の、どんなに 素晴らしい話を聞いたり、
有料の祈祷を受けても、あなたには、変化は起こりません。
一時の高揚感で終わります。
逆に言えば、今までは幽界が現実界に及ぼす力が強かった
ので間違った祈祷が幅を利かしたかもしれません。
感謝なんてしても反応が得られにくかったでしょう。
これからは、現実界が主役になるので違います。
生かして頂いて ありがとうございます
と常に 感謝想起 すれば、あなた自身の 内在神 が
意識の殻である 心の岩戸 を破り出てくる時代に成りました。

2007/05/19 21:18:53│Weblog
伊勢神宮から、少し離れた所で、海のすぐ近くに 伊雑宮と言う
別宮があります。
ここは今でも 天照太御神 の日輪のような光の塊の神霊が
安まれております。 ここの、年に一度の大祭には、すぐ近くの
海岸に、2匹の大きなサメが来ます。その大きさは、近海では
見ない程の大きさです。 地元の漁師さんは、その存在を
知っていて、見ることができた年は豊漁に恵まれると・・・・・・
静かに手を合わせて 見守ります。その夫婦サメは、数時間、
静かに浅瀬を漂った後、沖へと消えて いきます。
さてさて、サメは大祭のお供え物を持ってきたのか、それとも
母なる神から、何か御裾分けを貰いに来たのか・・・・・・。
これは、事実の話です。
2007/05/19 20:51:08│Weblog
リーマン夜話・その1 2007/02/04(日) 23:22:52
私は昔、NHK特集で棟方志功の特集で、版画を無心に彫る姿に
感動しました。
彼は、彫るときは必ず鉢巻を頭に巻くそうですが、その鉢巻に観音
様が乗ってるのです。
もう、自分自身の目を彫刻刀で突くような速さで彫ります。まさに、
神ががりです。
あるとき出先で、鉢巻きがなくて、彫ろうとしたら、降りてこん と
言って、仕方なく ビニール紐を巻いたそうです。 神は寄りしろと
いって木を剥いだ薄皮に降りてきます。
私の家の神棚にも、祭る八足台に棒が立つようになってまして、
それに木の薄皮を 巻いてます。
棟方志功さんの作品には、神仏が宿ってます。
最初に評価したのが外国なのは、興味深いですね。
芸術とは、天界の波動を表現したものです。天界のものを
表現出来た芸術は、異国でも感動を呼び評価されるの
ですね。
2007/05/18 20:04:40│Weblog
今の現実界へ、多数の次元が融合して来るとは、神界 霊界 幽界
地獄界 が順番に縮小、消滅して行き最終的には、この現実界1つ
に成る事です。もう、既に幽界の縮小から始まっており、それ以外の
世界(神界 霊界 幽界 地獄界)の存在も察知しており、この
現実界に侵入して来てます。 それが、他世界の存在が 残存 する
唯一の手段だからです。 この現実界に侵入するには、寄り代
(よりしろ)として憑依する 生きた人間 が必要です。
我々、生きた人間個人の個性に 近い存在 が、磁石のように寄っ
て来ます。これは、拒絶するとか払うとかは不可能です。
太古より宇宙法則として、太神が決めていたようです。 自業自得に
より、自分の 考え 行動 に近い 存在 が憑依して来ています。
これは、強烈な憑依なので、自分の本心を建前で隠す事は出来ない
でしょう。
さて、上辺のブリッコは通用しません。 我々一人一人が、どの世界
の 存在 とそれぞれ観応するかを知りたければ、自分の普段の
思考 嗜好 行動 を客観的に見れば判るでしょう。
ある人は、神界の存在と観応するでしょうし、別の人は 地獄の存在
と観応するでしょう。 最近、高校生が母親を惨殺した事件がありま
したが、彼は自宅が災害で崩壊したことに大変なショックを受け、
それ以来 心中で世の崩壊・・・自分だけが何故 不幸なんだと
この世界への怨念を持ち続けた結果、地獄の同じ想念を持つ 存在
が憑依しました。 過去の時代と違い、これからの憑依は強烈なので
自意識 で規制は効きません。 犯行中も、彼の自意識は冷静に
見守るだけで、制御出来なかったのです。
さて、今 自分が過去に許されない罪を犯したと、強く反省し
”生かされている” と強く 感謝 の想いを想起しはじめると、
これからは容易に神界の存在 が寄る時代でも、あるのです。
そうすると、神 と観応することが容易に出来る時代でもあるの
です。 過去、無かったことです。
神 の 寄り代 として、生きる人間が まず、日本の人口の5%に
達した時、世界を改善する 歯車 が回転し始めるでしょう。
私達は、今 どんな苦しい境遇や身体 であっても、既に
”生かされている”
上での事だと、アタリマエ に成ってしまっている事への”感謝想起”
を始めると沢山の事が、現実界で変化する事に成ります。 神と共に
ある 状態に成ります。 これが、 ”カンナガラ” です。 この状態
を早期に実現する言霊が
”生かして頂いてありがとうございます”
